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第五十五話 幼馴染

作者: 柳アトム
last update 最終更新日: 2025-09-23 04:10:32

私は写真に写る子どもだった頃の自分と宗司そうじさんを見て、当時のことを懐かしく思った。

「へぇ。充希みつきと宗司は子どもの頃に、そんな出逢いをすでにしていたのね。私は中高一貫校に入ってから知り合ったものだとばかり思っていたわ」

幸恵さちえも一緒に写真を見つつ、意外だったと驚いた。

「他の写真は、その中高一貫校時代の写真ね。これは体育祭や文化祭の写真じゃない? 懐かしいわね」

幸恵と私は、しげしげと写真を眺める。

確かにこれらの写真は私と幸恵、宗司さんの中高一貫校時代の写真で、青春の一ページが切り取られた写真だった。

「これは中学三年生の頃の体育祭ね。バトンリレーの競技だと思うけど、宗司が追い抜いているのって、これって充希じゃない?」

それは驚きの写真だった。

懸命に走る宗司さんの奥に私が写っていた。

「確かに、これは私ね……。宗司さんとは別のチームだったけど、私たちは周回遅れだったのよ。確かに宗司さんに追い抜かれたのは覚えているけど、まさか写真に撮られていたなんて……」

私はこんな決定的瞬間が写真に収められている事に驚いた。

「これは高校二年生の時の文化祭ね。私たちが「たこ焼き屋さん」と「手作り餃子」の販売店をした時の写真じゃない」

その写真には幸恵がたこ焼きを焼く横で、餃子を包んでいる私の姿が写っていた。

「宗司さんは、この時の私たちの出し物を見に来てくれていたのね。知らなかった……」

「でもなんだか、ちょっと怖くない? こんな写真を飾るなんて、宗司って……」

幸恵の目が懐疑的になったが、私は素直に嬉しかった。

ひょっとすると、宗司さんも、子どもの頃に出会っていた私を気にしてくれていたのではないか?

この時分は、一年だけ同じクラスになったこともあったけど、お互いにあまり話をすることはなかった。

でも私は宗司さんの存在を、いつも付かず離れずで感じていた。

宗司さんも同じく、そういった距離感で私を意識してくれていたのだとすると、それは素直に喜ばしかった。

写真立てを持ち上げた私は、何かが零れるように落ちたのに気付く。

どうやら写真立てに添えるように置かれている物があったようだ。

それが何であったか、私と幸恵はすぐに気付いた。

それは私が───正確には手芸部全員が───宗司さんに───正確には剣道部全員に─
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